思えば38年前、当時の近海許可船である第5日照丸での男女群島釣行。興奮して一睡も眠れず8時間余り。早朝うっすらと男島が見える。「これが男女群島かと・・」しかしなかなか近ずかない。時化れば10数時間は覚悟しなければならなかった。沖に白波が見えるときは帰港の難儀を覚悟したものだ。しかし最初に遭遇した男女群島のロケーションに圧倒された興奮は忘れられない。現在の近海船は速くなりどんどん近ずく。今の男女群島釣行はちょっとそこまでの間隔。しかしそこは160キロ〜以上沖の孤島。波の高さだって五島列島の気象予報の1.5倍〜2倍を覚悟しなければならない。雨も多い、突風にも襲われる。悲しい事故船の「栄福丸」故宮崎船長は「この船は絶対転覆はせんからなぁ〜。転覆しても復元するとよ〜」しかし人間の力なんか自然の猛威に比べたら赤子をひねるみたいな物だと言う事を忘れてはならない。
この頃まではほとんど底物釣り。重たいグラスロッドを一日中振り続けた。カキ落としでフジツボ等を落とすと水面が黒くなるほど大型のクロ(尾長グレ)が湧いた。しかしあまり見向きもしない。当時の石鯛は磯臭くて人にあげても悪評。「煮つけにしたら鍋に着いた臭いがなかなか取れなくて」と!。石鯛を開きにしたことも

「ぶんりゅう」「こうりゅう」自然の国の「なぎさ」の時代が続く。磯の名称も猛者先輩達の名前がズラリ。なんでと言う名前のひとつおっちやん瀬がある。先輩のおっちゃんに「どこに上がるねぇ」と言うと「何時ものとこに上げてくれんねぇ」と好んで上がっていた瀬が「おっちゃん瀬」と聞いた。
当時は上礁した場所に帰るまで好んで居座った。15k入りの木炭を持ち、火を灯し続けお湯は何時でも沸き、ラーメン、コーヒーなど何時でも。持参の金網で焼き肉、干潮の時に獲っておいたトコブシ、焼き餅、焼きおにぎり〜釣りも楽しいけど男女群島ハイキングは本当に楽しかった。地合を見ての釣り。こんな楽しみ方も良いですよぉ〜

つづく
posted by maru at 12:56| 長崎

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日記
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